クマムシを飼うには—博物学から始めるクマムシ研究

クマムシを飼うには—博物学から始めるクマムシ研究

「クマムシと言えば、数年前にまつもとさんが日記かなんかで話題にしていたなあ…」なんてことを思いながら(Matzにっき(2003-05-19)Matzにっき(2003-05-20)だ)、ジュンク堂の新刊コーナーで本書を手に取った。

森山さんというサイエンスライターの方が、自身の発行するScienceMail 研究者インタビューメルマガのために、クマムシ?!—小さな怪物 (岩波 科学ライブラリー)を書かれた鈴木忠さんと行なったインタビューを収録したクマムシ本。終始、対話形式で進むのでサラッと詠める。虫嫌いの人には若干刺激の強い挿絵が数点あることに目をつむれば、実に万人向けのライトなクマムシ本です(Oracle PL/SQL 組み込みパッケージ/関数 デスクトップリファレンスがダメな人は注意)。

本書のタイトルには「飼う」という文字が入っているけれど、「まず、水槽を用意して…、苔を採取して…」といったくだりがあるわけではなく、鈴木さんが普段クマムシをどのように研究しているかという内容がメイン。結局、この本を読んで確実にわかることは「クマムシにまつわるたいていのことは、まだ何もわからない」ということだけ。例えば、前半はクマムシの体の仕組みとか行動の話が中心なんですが、終始以下のような感じで進みます。

——満腹中枢とかはないんですか。
鈴木 いやあ、どうなんだろう。そういうことは全然わからないですね。でも、この目と目の間には脳があるので、何かそういうような処理はしているはずです。これも、もうおなかがいっぱいですね。
——こいつは、何でこんなに首を振りながら歩いているんですか?
鈴木 構造上、そういうふうにしなければ歩けないのかもしれません。それとも、餌を探しているのか、その辺はちょっとわからない。


——あ、小さいやつが食いついていた餌を、もっとでかいやつに横取りされた!
鈴木 うん、本の中にもちょこっと書きましたけど、こういうことがよくあるんです。餌探しのときに、ワムシの匂いというか体液の匂いは、かなりかいでいるようです。でも、ワムシの無傷のやつがその辺にいっぱい泳いでいてもわからないんです。餌探しは行き当たりばったりで、たぶん、ばくっと食い付いて、それで味を占めればその近辺を蛇行して歩いて探索し、それまではすたすた歩くんじゃないかと思います。ただ、そういうような餌取り行動とか、そういうような行動に関するような研究は、まあ、ほとんどされていません。
——ふーん。さっき首を振っているのは、触角を振る代わりに首を振っているような感じなのかなと思ったんですけど。
鈴木 うん、その辺はよくわかりません。嗅覚みたいな感覚器がどの程度あるかもわからないし……。ただ、頭部にはいろいろそういう感覚器がいっぱいあることは確かです。口の周りに突起とかありますからね。
——それは全部、感覚肢なんですか。
鈴木 おそらくは。ただ、どういうような神経が、どういうふうに分布しているという細かいことはあまりわかっていません。たとえば、神経系がこういうふうにあるというような大ざっぱな絵は、かなり昔の人が書いていますが、それ以上のこと——たとえば、神経の興奮の様子を直接測るとか——、そういう仕事は、まったくないです。
——まったくないんですか。
鈴木 実際に、電極を刺して確かめるという研究ができるかどうかもわからないし……。なにしろ小さいですからね。で、この目のような場所というのが——一応「眼点」と言っていますけど——ありますけど、いかにも普通の動物の目ですね、場所としても。
——ええ。
鈴木 だけどこれが、視覚器としてどういうふうに働いているかはわからない。
——ああ、そうなんですか。
鈴木 土壌のクマムシには、これがないものが多いので、ということは、光に関係があったのかなとは思いますが……。だから、光を感知する程度には、そういう色素もあるんじゃないかなとは考えられますが具体的にはよくわからない。


——ちなみにこいつらの腸内環境とか、共生バクテリアとかいったことについてはまだ?
鈴木 まったく何もわからない。


鈴木 む、これはひょっとして雄かな。雄はたまにしか出てこないのでね……。ちょっとこいつはわからないですけど。たとえば、オニクマムシの雄というのも、今は全然わからない問題です。雄はつめの形が違うということは、かなり昔からわかっているけど、どういうふうにして雄が出てくるかとか、何で雄が少ないのかとか、それはまったく調べられていない。

このように、クマムシの研究はやればやっただけ成果があがるフロンティアのように思えるのですが、実際のところは色々なリソース不足であまり手が付けられないのが現状だそうです。特に研究費の獲得が課題のようで、クマムシのように「知的好奇心を満たす」のが主眼の地味なテーマは日本ではどうしても優先度が下げられてしまうとか。実にもったいない。鈴木さんが日本のそのあたりの事情を憂いているくだりもストレートで面白い。

鈴木 クマムシの話とは全然関係がないんだけど、外国に行っていろいろ思ったのは、日本の底の浅さですね。
——ふーん……。
鈴木 全体に「不真面目」という感じがします。雰囲気が。もちろん個々人は、みんな一生懸命にやっているとしても、何か浮ついているというか、バブルみたいな感じ。
——考えている時間スケールが短過ぎるというのは感じますね。研究者の人たちでさえ。
鈴木 ほかの面でもそうだけど、評価、実績、そういうアメリカ風のやり方が過度に、それでいいんだという態勢が突っ走っちゃってますから。一つの研究のタームが短過ぎるというか……。製薬会社あたりは昔からそうだったみたいで、五年、一〇年という先を見通したテーマというのは難しいという話は聞いたことがありますが……。それが、大学の研究者でも同じになっているというのがおかしい。

アカデミックな世界はまったくわからないので見当外れかもしれませんが、ファンドみたいな感じで、気に入った研究にみんなでお金を出しあって成果をわかちあう、というようなことをするのは難しいのですかね。見返りがあるわけじゃないからファンドと言うよりはパトロンになるのかな。お金のあまってる技術系ベンチャーさんは「弊社はクマムシ研究を支援しています」とか掲げればプログラマー受けもよくなって、採用活動にプラスになったりするんではなかろうか。

なんて事を考えながら読み進めていたら、最後の章のこのくだりが格好よくて印象に残った。

鈴木 「クマムシをやって何か役に立つの」と聞かれたら、役に立つかどうかはすぐにはわからないが、人の生活を豊かにするかもしれませんねとそういうことです(笑)。心を豊かにする。少なくとも俺の心は豊かにしていると、そういうことです。
——(笑)。
鈴木 その線でいいなと思っていたんですが、困ったことにというか、幸か不幸か、今に至るまで、誰もそういう突っ込みを入れてくれなかった。いわば、野放しです。だから、そういう言い訳をする必要もなかった。

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